概要・沿革

校是 甲斐ある人と言はれなむ

真心をもって
世のため人のために尽くす人になるように
日々努力する

書家の紫舟氏より、校是の書画をご寄贈いただきました。東日本大震災以降の本校へのご支援、誠にありがとうございます。

※書家・紫舟氏のご厚意による作品です。無断での転載・複製・改変・頒布を固くお断りします。

好文館の由来

帝、文を好み給ひければ開き、学問怠り給へば散りしをれける梅は有りける 好文木とぞ云ひける (十訓抄

校訓

自発能動
道理をわきまえ、進んで物事に取組み、他に働きかけ、自分と他人および社会発展に尽くす
一事貫行
目標を立て、自分の生活を計画的に習慣的に確立し、目標達成のために一生懸命に努力する
醇朴成徳
率直に他の人の指導助言に耳を傾け、知性と教養を高め、他から信頼される人間に成長する

教育目標

たくましい心身と明るく清らかな精神を育み、豊かな感性と深い知性を持って自他を尊重し、創造的かつ主体的に生きる力を養う

教育方針

学習指導の徹底と自主的な活動によって広い視野と豊かな知性を養う
規律ある日常生活のもとに、信頼と友愛に富む 人間関係を育む
社会における自己のなすべき使命を自覚させ、社会に貢献する人材を育成する

校章

かつては大正3年1月に制定されましたが、大正10年 宮城県立への移管を機に、大森信子さん(当時一年)の図案に補足改訂を加え、同年11月22日に制定されました。清潔で毅然と生活できる内面豊かな生徒たるべしと、白梅に石の字を配したデザインとなりました。

校旗

大正10年、校章に次いで制定、京都の高島屋に注文し鈴木源助氏より寄贈されました。
現在の校旗は記録によると大正11年2月11日に「紀元節の佳辰を卜して盛大に校旗樹立式が挙行された」そうです。 昭和57年 本校創立70周年を記念し父母教師会・同窓会・財団法人後援会より新校旗が寄贈され、同年12月24日に披露されました。60年という長い歳月を経て破損が甚しかった校旗は額に納められ、永久保存となりました。 平成24年 本校創立100周年を記念し同窓会より新校旗が寄贈され、同年9月14日に創立100周年記念式典に先立ち新校旗贈呈式が行われ披露されました。

宮城県石巻好文館高等学校校歌

作詞:渡辺 義丸  作曲:金須 嘉之進

羽黒の山のふところに 松のみどりを身にしめて
はぐくまれゆく我が友よ かはらぬ色をそのまゝに
廣きみ空を仰ぎつゝ ますぐに強く生ひ立たむ

北上川の川水は 朝な夕なに絶え間なく
東の海に注ぎ行く 我等も共にいそしみて
心を磨き身を鍛へ 甲斐ある人と言われなむ

校歌について

かつての校歌は「金剛石」でした。 昭和4年、当時の国語教師だった渡辺義丸先生が作詞、嘉之進氏が作曲した「羽黒の山」を校歌として歌う様になり、その後昭和16年5月19日に正式採用されました。

作詞者・渡辺義丸先生について

渡辺先生は明治7年6月16日に山梨県東八代郡米倉村に生まれ、小学校で教員生活を始めました。山梨県の英小学校、藤尾小学校、私立山梨普通学校(国漢科)、飯野小学校に勤めたのち、文部省中等教員検定試験に合格され、山梨県師範学校、甲府中学校に赴任されました。

大正12年に宮城県第二高等女学校勤務、その後本校に赴任されました。
大正15年6月から昭和8年まで本校の前身である宮城県石巻高等女学校で教鞭をとられ、教頭兼教務主任としてもご活躍されました。昭和9年からは仙台の南光学院東北中学校、青葉学院尚絅女学校専攻科等へ赴任され、教職を退いた昭和15年に仙台市より郷里の山梨県へ戻られました。

温厚篤実な人柄で知られ、にこやかに生徒に接し、授業は学識と慈愛に満ち、とても分かりやすく漢文を教えていたそうです。渡辺大江という雅号で短歌や漢詩、紀行文、論説を数多く発表されています。赴任校の校歌や応援歌を作られ、宮城県第二女子高等学校(現仙台二華高等学校)の校歌も作詞されています。本校でも校歌のほかに、歌詞のみが残っている応援歌があります。
昭和21年1月22日没(享年73)。

作詞者・嘉之進氏について

金須嘉之進氏は、本校校歌を作曲した当時、宮城県女子専門学校(学制改革により東北大学に統合)の先生でした。明治24年から27年にかけて日本人として初めてロシアのペテルブルグ音楽院に留学、大作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフに師事しました。声楽、特に正教会の聖歌に造詣が深かったそうです。

金須氏はロシア留学後に東京の音楽学校で教え、一時期は満州鉄道のロシア語通訳としてもご活躍されたようです。当時の日露戦争という時代背景もあったのでしょうか、明治の末ごろには仙台へ移られました。開設されたばかりの宮城県女子専門学校のほか宮城県第二高等女学校などで音楽教育に携わったそうです。
昭和26年4月7日没(享年85)。 

沿革

明治37年04月29日 私立石巻女学校(修業年限4ヵ年)校舎を
日和山麓の料亭跡「聴松館」に定める
明治38年04月20日 私立石巻女子実業学校(修業年限2ヵ年)
明治44年09月14日 石巻町立石巻実科高等女学校として創立(修業年限2ヵ年)
この日を開校記念の日とす
大正05年04月28日 郡立移管認可
牡鹿郡立石巻実科高等女学校(修業年限3ヵ年)
大正08年10月21日 牡鹿郡石巻実科高等女学校と改称
大正08年12月01日 北鰐山羽黒山下に木造の新校舎落成
大正09年03月01日 新校舎設備が完成し移転
大正10年04月01日 県立移管認可、宮城県石巻高等女学校と改称(修業年限4ヵ年)
定員200名本校校章・制服を定める
大正10年11月22日 校旗樹立
大正11年02月11日 定員変更認可、400名
大正12年04月01日 補修科設置(修業年限1ヵ年)、定員45名
昭和02年05月25日 南鰐山運動場(9,918㎡)設置
昭和08年05月05日 補修科廃止。専攻科設置(修業年限1ヵ年)、定員50名
昭和15年04月01日 専攻科廃止
昭和19年04月01日 修業年限5ヵ年、定員750名
昭和21年04月01日 学制改革により宮城県石巻女子高等学校として開校(修業年限3ヵ年)
昭和23年04月01日 定員600名、併設中学校を置く
昭和23年07月15日 定時制課程設置(修業年限4ヵ年)、定員160名
昭和24年03月31日 併設中学校自然廃止
昭和25年04月01日 通常課程、定員750名
昭和26年02月21日 体育館設置
昭和26年07月11日 4教室増設(2階)
昭和28年04月01日 通常課程、定員900名
昭和30年10月20日 4教室増設(階上)並びに階下2教室を図書室に改造
昭和31年03月15日 宮城県石巻女子高等学校新築事業期成同盟会発足
昭和32年01月28日 財団法人宮城県石巻女子高等学校後援会設立認可
昭和32年05月08日 調理室改造並びに調理台5台新設
昭和33年10月15日 体育館内にステージ増設、北校舎昇降口増築
昭和36年09月14日 本校創立50周年記念式典挙行
昭和36年10月15日 財団法人本校後援会が新校地として
石巻市南谷地地区(4,280.19坪)売買契約締結
昭和38年04月01日 通常課程、定員1050名
昭和38年09月28日 財団法人本校後援会が新校地として
石巻市南谷地地区(291.76坪)追加分売買契約締結
昭和40年04月26日 校舎新築起工式挙行
昭和40年08月14日 東校舎(1部)躯体工事完了(843.75㎡)
昭和42年06月30日 東校舎仕上工事完了(1,923.75㎡)
昭和43年03月30日 自転車置場(55㎡)、焼却炉1ヶ所、物置場(66㎡)、書庫(36㎡)
コークス置場(19㎡)設置
昭和43年04月30日 西校舎躯体並びに仕上工事完了(4,304.46㎡)
昭和43年08月26日 石巻市南谷地(現貞山三丁目)の
新校舎鉄筋コンクリート(6,227.31㎡)に移転
昭和44年03月25日 体育館竣工
昭和44年03月29日 校舎並びに体育館落成記念式典挙行
昭和44年07月11日 新校舎落成記念植樹(第1回)
ヒマラヤシーダー紅霧島つつじ、その他930本
昭和44年12月10日 新校舎落成記念植樹(第2回)熊野さつき300本
昭和46年04月01日 全日制課程第1学年収容定員(315人)
昭和46年06月23日 校地踏切に警報機設置
昭和46年11月20日 創立60周年記念式典挙行
昭和46年12月20日 校庭整備第1期工事(陸上競技用トラックフィールド給水工事)
昭和46年12月20日 玄関前池(循環浄化装置、水槽工事)新設
昭和47年03月31日 自転車置場(30㎡)増設、夜間屋外照明5基設置
昭和47年08月31日 プール(25mx7コース)完成
昭和47年08月31日 寄宿舎完成 鉄筋コンクリート造2階建(633.43㎡)
昭和49年08月31日 テニスコート2面造成
昭和49年10月30日 東入口より生徒昇降口、玄関までの舗装工事完成
昭和50年10月01日 玄関前ロータリー造成、南入口より玄関までの舗装工事完成
昭和50年11月30日 南入口より玄関までキクカミハクヨウ並木植樹
昭和51年02月21日 南門(正門)・東門(通用門)落成式
昭和51年06月10日 東門より生徒昇降口までイチョウ並木植樹
昭和51年10月01日 東門付属庭園完成(同窓会寄贈)
昭和51年12月11日 旧校舎跡に記念碑建立除幕式
昭和52年10月04日 屋外体育用器具格納庫(19.44㎡)(財団で新設県に寄付受納)
昭和52年12月01日 校舎北側フェンス完成
昭和53年06月26日 校長宿舎新設工事(68.53㎡)
昭和53年12月15日 財団法人本校後援会生徒会館建設工事請負契約
昭和54年10月30日 財団法人本校後援会生徒会館建設工事落成
宮城県に寄付、受納(昭和54.10.30)
昭和56年03月25日 寄宿舎、校舎渡り廊下鉄骨改築(107.29㎡)
昭和56年09月04日 創立70周年記念式典挙行
昭和56年11月24日 自転車置場増設(129.6㎡)1,062.74㎡
昭和57年04月30日 寄宿舎「白梅寮」廃止
昭和57年12月24日 新校旗披露(旧校旗永久保存)
昭和60年03月17日 校舎防音工事完了
平成元年03月03日 校舎西側フェンス設置
平成元年10月28日 屋体改修工事の為解体撤去
平成元年11月20日 校舎西側及び裏門北側フェンス設置
平成02年03月30日 石巻市よりヤマモミジ30本寄贈
平成02年07月23日 講堂(体育館)新設工事完成
1,744.65㎡(防衛庁より県に寄付受納)
平成02年11月10日 テニスコート一面造成
平成03年02月02日 合宿所改築工事
平成03年05月31日 弓道場竣工110.34㎡(財団で新設県に寄付受納)
平成03年09月06日 玄関前庭整備(同窓会)
平成03年10月25日 創立80周年記念式典挙行
平成03年11月01日 校舎給水設備工事竣工
平成06年03月01日 八十年誌発行
平成09年02月24日 校舎等バルコニー・手摺補修工事
平成09年03月06日 自転車置場一部塗装替
平成09年03月07日 弓道場防矢ネット等改修工事
平成09年03月24日 1講堂(体育館)床樹脂塗布等工事
平成09年06月26日 吹奏楽練習場竣工 97.70㎡(財団で新設県に寄付受納)
平成09年12月09日 白梅寮解体整地
平成10年03月20日 第二体育館竣工1,051.43㎡
平成10年03月30日 ソフトボールバックネット新設
平成11年11月30日 テニスコート脇・弓道場脇等舗装工事
平成12年06月10日 プール全面塗装工事
平成13年09月13日 創立90周年記念式典挙行
平成13年12月17日 自転車置場新設
平成14年02月28日 コンピュータ室設置
平成15年02月19日 校内LAN設置
平成15年03月25日 プール濾過機(砂濾過式に)改修工事
平成15年03月28日 コンピュータ40台設置
平成15年04月12日 庁務室・部室防水工事
平成16年03月28日 校舎床(3階・各階段)改修工事
平成17年10月04日 東校舎耐震工事
平成18年01月26日 生徒会館渡廊下塗装工事
平成18年02月27日 校舎改修・増築(男子トイレ棟・プール付属棟)工事
平成18年02月28日 生徒会館屋上防水工事
平成18年03月24日 校舎床改修工事(2階)
平成18年03月27日 講義室エアコン設定工事
平成18年04月01日 男女共学化により宮城県石巻好文館高等学校と校名変更
校是を「甲斐ある人と言われなむ」と制定
平成18年10月18日 西校舎耐震工事
平成18年11月13日 校舎床改修工事(1階)
平成20年03月31日 定時制課程閉講
平成20年10月17日 生徒会館給水設備改修工事
平成21年01月23日 ガス配管改修工事第1期(生徒会館)
平成21年10月30日 ガス配管改修工事第2期(校舎)
平成21年11月27日 校長宿舎解体工事
平成22年01月28日 ケージ型屋外球技練習施設竣工
((財)本校後援会で新設県に寄付採納)
平成22年11月02日 テニスコートネットフェンス新設(東側)
((財)本校後援会で新設県に寄付)
平成23年01月24日 部室棟新設(校地西側)389.8㎡
((財)本校後援会で新設、県に寄付)
平成23年03月07日 校舎外壁・屋上防水工事
平成23年03月18日 ソフトボール場防球ネット新設
平成24年03月16日 単位制導入に伴う教室間仕切工事
平成24年09月14日 創立100周年記念式典挙行
平成24年11月15日 東日本大震災災害復旧工事
平成25年03月31日 財団法人宮城県石巻好文館高等学校後援会解散
平成25年07月19日 生徒会館外壁改修工事
平成27年03月31日 防災備蓄倉庫設置
平成27年08月05日 調理室調理台撤去及び新規設備工事 (アスクル㈱より県に寄付採納)
平成27年10月09日 教室建具改修工事
平成28年03月23日 プール付属棟更衣室等改修工事